雑記 2020/09/02

 こんにちは、空き地です。また適当に最近のことを描いていこうと思います。

今回は

  • やる気の法則性
  • コーヒーは生きる上で不可欠
  • ディスプレイが届いた

の3本で。 

 

やる気の法則性

 私は躁うつ病なのか分かりませんが、創作活動に関してだけは途端に全く手が動かなくなる時期が訪れます。今から大体2週間程前はまさにその時期で、時間的余裕があるにも関わらずほとんどプログラムを書くことが出来ませんでした。私は物事を必要以上に考えすぎる性格なので、なぜプログラムが書けないのだろうか、ただ時間を無駄にする今の自分が許せないとか、いろいろ考えて沼にハマってしまいます。この鬱期は経験上、2,3日で過ぎることもあれば、2週間、はたまた1ヶ月ほど続くことが有ります。最後の鬱期は1ヶ月ほど続いていた気がします。今は鬱期ではなく、弱めな躁期、いわゆる普通とされる状態だと思います。今まで何度も鬱期を経験し、その回復を繰り返してきたわけですが、私自身このようなループは正直御免です。ですが、鬱期の始まりは前触れ無く始まり、流砂に巻き込まれたようにもがけばもがく程、脱出すればしようとするほど落ちていきます。なので、今の自分からすると、少々恐怖の対象だったりします。そこで、鬱期を乗り越えたきっかけだったかもしれないことを挙げ、それを実践していけば浅瀬で逃れられるのでは無いかと思いました。これは初めての試みでは無いのですが、このように文章で明記することは初めてかもしれません。考え得るきっかけは以下のとおりです。 

  • ブログを書く
  • 友人と通話する
  • コーヒーを飲む

この中で一番直接的に効果があったと感じるのは”ブログを書く”だと思います。前回の”最近のこと 2020/08/25”はかなり鬱期打開に直接的な効果を発揮していたと思います。簡単な考察を書いてみると、重要な要素はタイピングとあーなんだそんなことだったのかと感じさせることだと思います。まず、あの記事を書くために、それなりのタイピングをしています。プログラムを書きたくても全く手が動かない、このような状況で手を解すという意味で良い影響を与えていると思いますし、自分の考えタイピングすることで、思考するため、アルファベットを入力するために脳に血液が回ることも良い影響になるのではないかと思いました。もちろん、私は医療に関する教育を受けたことはないので、全くの想像です。次に、ブログを書くことであれこれ自分の悩みについて考えますが、その結果、全然大したことがない気がしてくるのです。これによって、そもそも何に悩んでいたかがよくわからなくなり、気分がスッキリするわけです。ここで重要なことは自分の考えを文章にすることだと思います。ただ頭の中でいろいろ想像するだけでは、それを客観的な視点で批判することが難しくなってしまいます。それに対し文章にすると、元々は自分の脳からひねり出されたものですが、文章として捉えると、批判することが簡単になります。だから、自分の悩みがいかにおかしなことだったかと錯覚することができます。たいてい鬱期にいろいろ悩んでいることって、しょうもないことなんですよね。プログラムが書けないって悩んでいても、今日からまた書き始めれば、そんな悩みは無かったことになるのですから。

 次に、友人と通話するです。これもある程度の効果を発揮したと思います。友人と通話している間は自分の悩みも考えなくてすみますし、通話が終わったあともある程度の時間は悩みがどうのこうのと考えることは無いです。

 最後にコーヒーを飲むです。恐らくカフェインの影響でしょうが、頭がスッキリします。鬱期の頭の中ってなんだかぼうっとしていて、煙が立ち込めているような感覚がします。思考もはっきりとしません。だからコーヒーは重要なのかも。そう言えば、鬱期の間、ちょうどコーヒーを切らしていた記憶があります。

 次、鬱期に入るきっかけがわからないため、入った後にどうするかということを考えていたのですが、結構キーが見えてきた気がします。鬱期に入った私が、この記事を参考にして行動するかどうかは分かりませんが、そうしてより早く鬱期を抜けてくれると嬉しいものです。


コーヒーは生きる上で不可欠

上の話題でも書きましたが、コーヒーは生きていく上で本当に重要。必ず毎日飲むようにしましょう。


ディスプレイが届いた

HPの23.8インチディスプレイを買いました。今までずっとラップトップで作業していたので、結構大きく感じています。4日ほど使っていますが、快適です。 

 

ここで買いました → https://jp.ext.hp.com/monitors/personal/#fragment-2

 




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